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皇紀2672年6月09日                                                                                                                                          キムジョンウン最高司令官の生誕と就任を祝賀して チュチェ思想セミナーと宴会が沖縄で開かれる
*   *   *  チュチェ思想研究会全国連絡会の主催で沖縄県立博物館・美術館において開かれた「チュチェ思想と世界の自主化に関するセミナー」では、冒頭、昨年12月17日に逝去したキムジョンイル総書記を追悼して参加者全員が黙祷しました セミナーは、チュチェ思想研究会全国連絡会の花輪不二男事務局長と全駐労マリン支部元委員長の仲里修氏の司会ですすめられました。120115_01.jpg

 花輪氏が、全国各地から集まったチュチェ思想研究者を歓迎し、セミナーを準備した地元沖縄のチュチェ思想研究者に感謝しながら、2012年の冒頭におこなわれる今セミナーは歴史的意義をもつものになるだろうと開会のあいさつをおこないました。
 最初に、「キムジョンイル総書記・永訣の日に」と題して、滝沢康子氏が詩を朗読しました。
 滝沢氏は、永訣式に参加したいと願う世界のチュチェ思想研究者の心情をくんでチュチェ思想国際研究所の代表が永訣式に出席できるよう深い配慮をしてくれたキムジョンウン同志に涙がこみあげてくると述べました。
 そしてピョンヤンに到着した12月27日、空港からまっすぐにクムスサン記念宮殿に向かい、真っ赤な花に囲まれ静かに横たわったキムジョンイル総書記にまみえ、つぎのようにあいさつしたと述べました。
 「キムジョンイル総書記
 わたしたちは総書記に笑ってお目にかかりたかった
 涙にくれてお会いするとは思わなかった
 どうしてこんなに早く逝ってしまわれたのか」
 2012年4月、ピョンヤンではキムイルソン主席生誕100周年を記念してチュチェ思想世界大会が開催される予定です。
 全世界のチュチェ思想研究者は、その大会にキムジョンイル総書記を招請し、お会いしたいと切願していたのです。
 詩は、永訣式がおこなわれた12月28日に、いかに指導者と人民が一心団結しているのかを示す光景が目の前でくりひろげられたことについて、つぎのように伝えています。
 「雪は深々と降り積もり凍える寒さのなかで
 女性はスカーフを解き、男性はコートを脱いで道に敷き詰めている
 その傍らではほうきを持って降り積もる雪を払い、何も持たない人は素手で雪をのけている
 人々が待ちわびるその道は敬愛するキムジョンイル総書記が通る道
 総書記に冷たい雪道を歩ませてはならないと
 身の置き所のない悲しみのなかで人民は真心をつくしている
 キムジョンイル総書記に愛され信頼され国の主人として尊ばれた人民」
 最後に詩は、チュチェ革命偉業の継承者であるキムジョンウン同志とともにすすんでいく決意をつぎのように表明し、しめくくりました。
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「キムジョンウン同志はキムジョンイル総書記の霊柩を戴いた車の傍らで、左手は総書記を守るように車に置き、右手は人民に敬礼をしながらゆっくりと歩いている
 キムジョンイル総書記とキムジョンウン同志は一つになって、愛する人民にあいさつをしている
 キムジョンイル総書記は人民を決して一人にはしなかった
 …
 キムジョンイル総書記は生前、幹部たちを前にキムジョンウン同志はわたしに忠実であり、党に忠実である、これからのことは何も心配しないでよいと言われたという
 悲しみのなかに大きな光がさしている
 …
 新しい時代のチュチェ革命偉業の領導者、キムジョンウン同志と心を一つにしてわたしたちは自らの歴史的使命を果たしていくだろう」
 セミナーではつぎに、チュチェ思想研究会全国連絡会会長の佐久川政一沖縄大学名誉教授が、キムジョンイル総書記の逝去に哀悼の意を表し、キムジョンウン最高司令官が新しい指導者になることによって朝鮮の革命が代をついでいっそう前進することを祈ると述べ「米帝の支配をなくし平和な沖縄を」と題して報告しました。
 佐久川政一教授は、ペリーが浦賀に来て日本に開国を迫ったとき那覇港にも来て条約交渉の基地にしようとしたように19世紀なかばから覇権主義を現していたアメリカは、終戦と同時に沖縄を日本からきりはなし軍事的に統治してきたと述べました。
 日米安全保障条約が締結され、日本はアメリカの属国のようになり、米軍基地が沖縄に集中しており、日米地位協定によってアメリカの治外法権が認められ、米兵による犯罪を裁くこともできない状況があると指摘し、アメリカ帝国主義の支配を拒否し、日本を自主化して一日も早く平和な沖縄をきずかなくてはならないと述べました。
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セミナーではつぎに、在日本朝鮮社会科学者協会のキムファヒョ会長が「新年の『共同社説』からみるキムジョンイル国防委員長逝去後の朝鮮」と題して報告しました。
 報告では、『労働新聞』『朝鮮人民軍』『青年前衛』の三紙共同社説の特徴について三点を指摘しました。
 第一は、キムジョンウン同志が朝鮮の革命と建設の最高指導者であることを明示したことです。
 第二は、キムイルソン主席とキムジョンイル国防委員長の遺訓の実現こそが朝鮮革命と建設の総路線であることです。
 第三は、キムジョンイル国防委員長の業績を集約したことです。そのなかでもとくに朝鮮革命がもっとも困難な試練を経ていた時期に社会主義の獲得物を守り、民族万世の繁栄のための強力な政治軍事的経済的土台をきずいたことが最大の功績であると指摘しています。
 報告ではまた、朝鮮における今年の総体的方向と分野別課題についても明らかにしました。
 セミナーでは、つぎにチュチェ思想国際研究所の尾上健一事務局長が「チュチェ革命偉業の継承者、キムジョンウン同志」と題してつぎのように報告しました。
 民衆の自主性を実現することを目的とするチュチェ革命偉業を勝利に導く要は領袖の指導にあります。領袖は社会的集団のなかで生活し活動します。先代の領袖の思想と遺訓をそのまま実現するのが後継者です。
 キムイルソン主席は、10代なかばに親元を離れて革命の道にはいって以降、人民のために70年近くの生涯を捧げました。
 キムジョンイル総書記は、主席逝去後17年間、帝国主義の攻撃と社会主義諸国の崩壊のなかでもっともきびしいたたかいを一日も休むことなく指導してきました。
 主席と総書記の苦労を引き継いだキムジョンウン同志は、若くして親を失いながらも革命の最高指導者としての途にたちました。
 キムジョンウン同志は、2010年9月28日、朝鮮労働党代表者会で、朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長に選出されました。
 2011年10月8日、キムジョンイル総書記がキムジョンウン同志を朝鮮人民軍最高司令官に推挙するよう遺訓を残したとのことです。
 2011年12月17日、キムジョンイル総書記が急逝し、キムジョンウン同志は、国家葬儀委員会委員長を務めました。
 2011年12月30日、朝鮮労働党中央委員会政治局会議は、キムジョンウン同志を朝鮮人民軍最高司令官に任命しました。
 キムジョンウン同志は、キムジョンイル総書記が、急逝し、人民が悲しみのなかにあるなかでもキムジョンイル総書記の遺訓を守り、人民に正月用の魚をおくりました。
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キムジョンウン同志は、朝鮮戦争3日目にソウルを解放した朝鮮人民軍第105戦車師団を2012年1月1日、訪問し、先軍政治をおこなっています。
 先軍政治は、キムイルソン主席が導いた抗日武装闘争にその根をおいています。帝国主義の軍靴によって踏みにじられた祖国と民族を取り戻すためのたたかいが先軍政治の出発点であり、国の自主性を自力で守り、国の繁栄と人民の幸せを実現するためには先軍政治が不可欠なのです。
 いま朝鮮においては、キムジョンウン同志が党と国家と軍の最高指導者として革命と建設を実際に導いているのです。
 事務局長は、キムジョンイル総書記の永訣式に参席し、キムジョンイル総書記の霊柩が通る40kmに及ぶ沿道に雪が降りしきるなかを一日中、マフラーやオーバーを敷き詰めて総書記を迎えようとする朝鮮人民の姿を見て、指導者と人民が一体となった社会とはまさにこのような社会なのだということを強く実感することができたと述べました。
 朝鮮では人民と指導者がひとつの家族のように固く団結し、赤い大家庭のようになった社会が現実化しているといえます。領袖は政治的な統一と団結の中心です。
 キムジョンウン同志が、新しい指導者となって、まだ1か月もたたないのに総書記存命中と何一つ変わらず前進する朝鮮の体制は磐石であり、未来は明るく輝いています。
 事務局長は、キムイルソン主席とキムジョンイル総書記は、キムジョンウン同志のなかに生きており、朝鮮人民、世界人民のなかに生きているとしめくくりました。
 セミナーでは、報告にもとづいて会場から発言がおこなわれました。
 琉球大学名誉教授の渡久山章氏が米軍兵士の犯罪によって犠牲になった6才の少女(「由美子ちゃん事件」)の詩を紹介し、ワールドカップ・アジア地区予選の報道など朝鮮に関する情報が偏見に満ちているなかで、朝鮮が新しい指導者を中心にしてすすんでいる様子を知ることができて有意義な集まりであったと述べました。
 社会民主党沖縄県連合会副委員長の狩俣信子氏は、朝鮮女性と連帯する日本婦人連絡会代表の清水澄子氏を団長として訪朝した際、信川博物館を参観して朝鮮戦争でアメリカがいかにひどいことをしたのかをはじめて知ることができた、平和に向けて頑張りたいと述べました。
 最後に花輪不二男事務局長が、閉会のあいさつをしてセミナーは成功裏に終了しました。

キムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティーが盛大に開かれる                                                     同日、沖縄ダイワロイネットホテルにおいてキムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティーが、チュチェ思想国際研究所と沖縄チュチェ思想研究連絡会の共催で開かれました。
 パーティーは、沖縄大学名誉教授の仲村芳信氏と静岡チュチェ思想研究会の林容子氏の司会ですすめられました。
 はじめに佐久川政一名誉教授が、本日のキムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティーは世界に先駆けて開催された歴史的意義のある集まりであると述べ、全国各地から参加したチュチェ思想研究者と地元沖縄の各界人士に感謝の意を表しました。
 沖縄大学の高良有政名誉教授が、乾杯の音頭をとり、全員で乾杯がおこなわれました。
 パーティーには、参議院議員の山内徳信氏からつぎのようなメッセージが寄せられました。
 「苦難のたたかいのなかから生まれたのが『チュチェ思想』であり沖縄の『命どぅ宝』の思想も同じ生きる哲学だと思います。…
 キムイルソン主席生誕100周年を迎える今年、朝鮮の若き指導者キムジョンウン氏のもとで21世紀に輝く国づくりが展開されますことを心から祈念申し上げます」
 つづいて元沖縄県中部地区労委員長の有銘政夫氏が朝鮮統一のための運動を協力してすすめていきましょうとあいさつしました。
 沖縄社会大衆党顧問の島袋宗康氏は、朝鮮ではすばらしい指導者が登場している、南北朝鮮の統一のために力を合わせて頑張りましょうと述べました。
 元沖縄県教職員組合委員長の石川元平氏は、キムジョンウン最高司令官の生誕祝賀の集まりに参加できてうれしい、1970年代に初めて訪朝したときに地上の楽園を見た思いがした、日朝友好運動をおしすすめアメリカを追い出しましょうと力強くあいさつしました。
 パーティーではつぎに、芸能が披露されました。
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 最初に、沖縄の八重山で祝宴の座開きとして歌い踊られる舞踊「赤馬節」を八重山伝統舞踊勤王流トキの会師範の田島美智子氏が演じました。
 つぎに、アイヌ民族の誇りを示す伝統舞踊「エムシリムセ(剣の舞)」を成田得平氏が演じました。
 最後に、人々の自主性を実現するためのチュチェの道を心を一つにしてすすんでいくことを形象した日本舞踊を舞踊家の大竹君江氏らが演じました。
 参加者は、朝鮮がキムジョンウン同志を新しい指導者として一体となってチュチェ革命偉業の継承完遂のために前進していることに確信を深め、キムイルソン主席生誕100周年、キムジョンイル総書記生誕70周年を意義深く迎えていくために、各地区でいっそう積極的に活動していく決意を新たにしました。

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                ソース⇒ 朝鮮民主主義人民共和国を正しく知るために     http://dprkj.v.wol.ne.jp/120115.htm
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