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皇紀2672年6月09日                                     チュチェ思想研究                                                                        キムジョンウン最高司令官の生誕と就任を祝賀して
チュチェ思想研究セミナーと祝賀パーティーが沖縄で開催される
  キムジョンウン朝鮮人民軍最高司令官の生誕と就任を祝賀し、1月8日、「チュチェ思想と世界の自主化に関するセミナー」およびパーティーが、沖縄で開催された。 沖縄の各界人士と全国各地のチュチェ思想研究者約120名が参加した。

 ■「チュチェ思想と世界の自主化に関するセミナー」 日本チュチェ思想研究会全国連絡の主催により、「チュチェ思想と世界の自主化に関するセミナー」が、沖縄県立博物館・美術館でおこなわれた。
セミナーは、同研究会事務局長の花輪不二男氏と全駐労マリン支部元委員長の仲里修氏の司会で進行した。              
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 冒頭、キムジョンイル朝鮮労働党総書記急逝に哀悼の意を表し、参加者全員による黙祷がおこなわれた。
 花輪氏は開会のあいさつで、全国と地元のチュチェ思想研究者に謝意を表しながら、このセミナーの重要性について述べた。
 セミナーでは最初に、訪朝し総書記の霊前に弔意を表したチュチェ思想研究者による「キムジョンイル総書記・永訣の日に」と題する詩の朗読がおこなわれた。
 セミナーでは、3氏による報告がおこなわれた。
 チュチェ思想研究会全国連絡会会長を務める佐久川政一・沖縄大学名誉教授は、「米帝の支配をなくし平和な沖縄を」と題して報告をおこなった。
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佐久川名誉教授は、日本には平和憲法と言われる憲法があり、独立も達成したはずだが、日米安全保障条約(日米安保)締結以降、今日まで米軍に基地を提供し続け、アメリカの属国のようになっていると述べた。
 また、在日米軍基地の約75%が集中する沖縄においては、日米地位協定によりアメリカの治外法権が認められ、相次ぐ米兵による犯罪にたいしても正当に裁くこともできない現状があるとし、沖縄の人権は長年無視されていると指摘した。
 日米安保を破棄して米軍基地を撤去し、アメリカ帝国主義による支配をなくして日本を自主化し、一日も早く平和な沖縄をきずかなくてはならないと述べた。
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在日本朝鮮社会科学者協会会長のキムファヒョ氏は、「新年の『共同社説』から見るキムジョンイル国防委員長逝去後の朝鮮」と題して報告をおこなった。
 報告では、朝鮮の『労働新聞』『朝鮮人民軍』『青年前衛』の三紙共同社説「偉大なキムジョンイル同志の遺訓を体し、2012年を強盛・繁栄の全盛期が開かれる誇るべき勝利の年として輝かそう」の特徴について三点を指摘した。
 一つは、キムジョンウン同志が朝鮮の革命と建設の最高指導者であることを明示したこと、二つは、キムイルソン主席とキムジョンイル総書記の遺訓の実現こそが朝鮮革命と建設の総路線であること、三つは キムジョンイル総書記の業績を集約したことであると述べた。
 チュチェ思想国際研究所尾上健一事務局長は「チュチェ革命偉業の継承者、キムジョンウン同志」と題してつぎのように報告した。
 革命偉業において、領袖は統一と団結の中心である。
 永訣式の日に目の当たりにしたものは、指導者と人民が一体となり、国家的範囲で一つの大家庭がきずかれていることであった。朝鮮は、親にとってみれば子が、子にとってみれば親を亡くしたというような、もっとも愛する家族を亡くしたという雰囲気に包まれていた。
 領袖は家族のなかで父、母のような存在であり、領袖がいるからこそ人々は安心して生活することができ、困難があっても乗り越えていく力を得ることができる。
 その日、雪が強く降った平壌で、人々がわれ先にとキムジョンイル総書記の霊柩車に雪道を踏ませまいと、身につけていたスカーフや上着を脱いで道に敷いていた。昼間でも寒さが厳しく夜になるとさらに冷え込むなかでも、朝鮮人民は昼も夜も弔意場を訪れている。
 その光景を見たキムジョンウン同志は、来る人に砂糖や蜂蜜入りの熱いお湯をふるまい、それでも足りなくて仮設の休憩場を設け、医療班を配置するように指示された。そこには、指導者と人民が一体化した姿があった。
 キムイルソン主席は10代にして革命の道に入り、多くの苦労をともないながらも、その後70年間、人民のための一筋道を歩み続けた。
 キムジョンイル総書記は主席亡き後、17年間、休む暇もなく、ただひたすら人民を愛し人民のために生きた。
 キムジョンイル総書記が亡くなった深い悲しみのなかでも、朝鮮人民はいままでと何一つ変わらず、新しい領袖であるキムジョンウン同志を中心にかたく団結しており、朝鮮の体制は磐石であることは疑いえない。
 キムジョンウン同志は、1月1日、第105戦車部隊を訪問して新年会を兵士たちと過ごし引き続き先軍政治をおこなっていくことを示した。
 尾上事務局長は、キムジョンイル総書記が逝去された悲しみを何十倍の力に変えて、チュチェ思想研究普及活動における課題遂行のためにつき進んでいこう、そして、キムジョンイル総書記誕生70周年、 キムイルソン主席誕生100周年も盛大に記念していこうと、報告を締めくくった。
 セミナーに参加した渡久山章琉球大学名誉教授は、沖縄には米兵による暴行事件がたえず、県民の悲しみは深い、沖縄に基地はいらないとだれもが願っているにもかかわらず、その一方で朝鮮脅威論が宣伝され、米軍基地の存続が正当化されている。朝鮮がどんな国であるかを知り、真実をはっきりと認識していきたいと表明した。
 また、社会民主党沖縄県連合会副委員長の狩俣信子氏は、元参議院議員の清水澄子氏と訪朝し、チュチェ思想が具現された朝鮮を目の当たりにした。朝鮮人民との友好連帯運動を強め、基地のない沖縄をつくるためにひきつづき尽力したいと述べた。


  ■キムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティー   セミナーに続き、チュチェ思想国際研究所と沖縄チュチェ思想研究連絡会の共催により「キムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティー」がおこなわれた。
 パーティーの開会に際して、佐久川政一名誉教授は、本日のキムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティーは世界に先駆けて開催された歴史的意義のある集まりであると述べ、全国各地から参加したチュチェ思想研究者と地元沖縄の各界人士に感謝の意を表した。
 続いて、衆議院議員の山内徳信氏のつぎのような祝賀メッセージが紹介された。
 「苦難のたたかいのなかから生まれたのが『チュチェ思想』であり沖縄の『命どぅ宝』の思想も同じ生きる哲学だと思います。
 キムイルソン主席生誕100周年を迎える今年、朝鮮の指導者キムジョンウン氏のもとで21世紀に輝く国づくりが展開されますことを心から祈念申し上げます」
 沖縄社会大衆党顧問の島袋宗康氏をはじめ、沖縄の各界人士があいさつの言葉を述べた。

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パーティーでは、つぎに、芸能公演がおこなわれた。
 沖縄の八重山で祝宴の座開きとして歌い踊られる舞踊「赤馬節」、日本の先住民族であるアイヌ民族の伝統舞踊「エムシリムセ(剣の舞)」、人々の自主性を実現するためのチュチェの道を心一つにしてすすんでいくことを形象した創作日本舞踊「ひとすじの道」が、披露された。


*    *    *

 参加者は、キムイルソン主席誕生100周年、キムジョンイル総書記誕生70周年を迎える意義深い年の初めに沖縄でセミナーが開催されたことで、2012年の活動をさらに力強くおし進める決意を固めた。
                                                                                                             ソース⇒チュチェ思想研究 http://juche.v.wol.ne.jp/                                                                                                                                                                            
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|06/09| 未分類コメント(0)TB(0)
皇紀2672年6月09日                                                                                                                                          キムジョンウン最高司令官の生誕と就任を祝賀して チュチェ思想セミナーと宴会が沖縄で開かれる
*   *   *  チュチェ思想研究会全国連絡会の主催で沖縄県立博物館・美術館において開かれた「チュチェ思想と世界の自主化に関するセミナー」では、冒頭、昨年12月17日に逝去したキムジョンイル総書記を追悼して参加者全員が黙祷しました セミナーは、チュチェ思想研究会全国連絡会の花輪不二男事務局長と全駐労マリン支部元委員長の仲里修氏の司会ですすめられました。120115_01.jpg

 花輪氏が、全国各地から集まったチュチェ思想研究者を歓迎し、セミナーを準備した地元沖縄のチュチェ思想研究者に感謝しながら、2012年の冒頭におこなわれる今セミナーは歴史的意義をもつものになるだろうと開会のあいさつをおこないました。
 最初に、「キムジョンイル総書記・永訣の日に」と題して、滝沢康子氏が詩を朗読しました。
 滝沢氏は、永訣式に参加したいと願う世界のチュチェ思想研究者の心情をくんでチュチェ思想国際研究所の代表が永訣式に出席できるよう深い配慮をしてくれたキムジョンウン同志に涙がこみあげてくると述べました。
 そしてピョンヤンに到着した12月27日、空港からまっすぐにクムスサン記念宮殿に向かい、真っ赤な花に囲まれ静かに横たわったキムジョンイル総書記にまみえ、つぎのようにあいさつしたと述べました。
 「キムジョンイル総書記
 わたしたちは総書記に笑ってお目にかかりたかった
 涙にくれてお会いするとは思わなかった
 どうしてこんなに早く逝ってしまわれたのか」
 2012年4月、ピョンヤンではキムイルソン主席生誕100周年を記念してチュチェ思想世界大会が開催される予定です。
 全世界のチュチェ思想研究者は、その大会にキムジョンイル総書記を招請し、お会いしたいと切願していたのです。
 詩は、永訣式がおこなわれた12月28日に、いかに指導者と人民が一心団結しているのかを示す光景が目の前でくりひろげられたことについて、つぎのように伝えています。
 「雪は深々と降り積もり凍える寒さのなかで
 女性はスカーフを解き、男性はコートを脱いで道に敷き詰めている
 その傍らではほうきを持って降り積もる雪を払い、何も持たない人は素手で雪をのけている
 人々が待ちわびるその道は敬愛するキムジョンイル総書記が通る道
 総書記に冷たい雪道を歩ませてはならないと
 身の置き所のない悲しみのなかで人民は真心をつくしている
 キムジョンイル総書記に愛され信頼され国の主人として尊ばれた人民」
 最後に詩は、チュチェ革命偉業の継承者であるキムジョンウン同志とともにすすんでいく決意をつぎのように表明し、しめくくりました。
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「キムジョンウン同志はキムジョンイル総書記の霊柩を戴いた車の傍らで、左手は総書記を守るように車に置き、右手は人民に敬礼をしながらゆっくりと歩いている
 キムジョンイル総書記とキムジョンウン同志は一つになって、愛する人民にあいさつをしている
 キムジョンイル総書記は人民を決して一人にはしなかった
 …
 キムジョンイル総書記は生前、幹部たちを前にキムジョンウン同志はわたしに忠実であり、党に忠実である、これからのことは何も心配しないでよいと言われたという
 悲しみのなかに大きな光がさしている
 …
 新しい時代のチュチェ革命偉業の領導者、キムジョンウン同志と心を一つにしてわたしたちは自らの歴史的使命を果たしていくだろう」
 セミナーではつぎに、チュチェ思想研究会全国連絡会会長の佐久川政一沖縄大学名誉教授が、キムジョンイル総書記の逝去に哀悼の意を表し、キムジョンウン最高司令官が新しい指導者になることによって朝鮮の革命が代をついでいっそう前進することを祈ると述べ「米帝の支配をなくし平和な沖縄を」と題して報告しました。
 佐久川政一教授は、ペリーが浦賀に来て日本に開国を迫ったとき那覇港にも来て条約交渉の基地にしようとしたように19世紀なかばから覇権主義を現していたアメリカは、終戦と同時に沖縄を日本からきりはなし軍事的に統治してきたと述べました。
 日米安全保障条約が締結され、日本はアメリカの属国のようになり、米軍基地が沖縄に集中しており、日米地位協定によってアメリカの治外法権が認められ、米兵による犯罪を裁くこともできない状況があると指摘し、アメリカ帝国主義の支配を拒否し、日本を自主化して一日も早く平和な沖縄をきずかなくてはならないと述べました。
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セミナーではつぎに、在日本朝鮮社会科学者協会のキムファヒョ会長が「新年の『共同社説』からみるキムジョンイル国防委員長逝去後の朝鮮」と題して報告しました。
 報告では、『労働新聞』『朝鮮人民軍』『青年前衛』の三紙共同社説の特徴について三点を指摘しました。
 第一は、キムジョンウン同志が朝鮮の革命と建設の最高指導者であることを明示したことです。
 第二は、キムイルソン主席とキムジョンイル国防委員長の遺訓の実現こそが朝鮮革命と建設の総路線であることです。
 第三は、キムジョンイル国防委員長の業績を集約したことです。そのなかでもとくに朝鮮革命がもっとも困難な試練を経ていた時期に社会主義の獲得物を守り、民族万世の繁栄のための強力な政治軍事的経済的土台をきずいたことが最大の功績であると指摘しています。
 報告ではまた、朝鮮における今年の総体的方向と分野別課題についても明らかにしました。
 セミナーでは、つぎにチュチェ思想国際研究所の尾上健一事務局長が「チュチェ革命偉業の継承者、キムジョンウン同志」と題してつぎのように報告しました。
 民衆の自主性を実現することを目的とするチュチェ革命偉業を勝利に導く要は領袖の指導にあります。領袖は社会的集団のなかで生活し活動します。先代の領袖の思想と遺訓をそのまま実現するのが後継者です。
 キムイルソン主席は、10代なかばに親元を離れて革命の道にはいって以降、人民のために70年近くの生涯を捧げました。
 キムジョンイル総書記は、主席逝去後17年間、帝国主義の攻撃と社会主義諸国の崩壊のなかでもっともきびしいたたかいを一日も休むことなく指導してきました。
 主席と総書記の苦労を引き継いだキムジョンウン同志は、若くして親を失いながらも革命の最高指導者としての途にたちました。
 キムジョンウン同志は、2010年9月28日、朝鮮労働党代表者会で、朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長に選出されました。
 2011年10月8日、キムジョンイル総書記がキムジョンウン同志を朝鮮人民軍最高司令官に推挙するよう遺訓を残したとのことです。
 2011年12月17日、キムジョンイル総書記が急逝し、キムジョンウン同志は、国家葬儀委員会委員長を務めました。
 2011年12月30日、朝鮮労働党中央委員会政治局会議は、キムジョンウン同志を朝鮮人民軍最高司令官に任命しました。
 キムジョンウン同志は、キムジョンイル総書記が、急逝し、人民が悲しみのなかにあるなかでもキムジョンイル総書記の遺訓を守り、人民に正月用の魚をおくりました。
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キムジョンウン同志は、朝鮮戦争3日目にソウルを解放した朝鮮人民軍第105戦車師団を2012年1月1日、訪問し、先軍政治をおこなっています。
 先軍政治は、キムイルソン主席が導いた抗日武装闘争にその根をおいています。帝国主義の軍靴によって踏みにじられた祖国と民族を取り戻すためのたたかいが先軍政治の出発点であり、国の自主性を自力で守り、国の繁栄と人民の幸せを実現するためには先軍政治が不可欠なのです。
 いま朝鮮においては、キムジョンウン同志が党と国家と軍の最高指導者として革命と建設を実際に導いているのです。
 事務局長は、キムジョンイル総書記の永訣式に参席し、キムジョンイル総書記の霊柩が通る40kmに及ぶ沿道に雪が降りしきるなかを一日中、マフラーやオーバーを敷き詰めて総書記を迎えようとする朝鮮人民の姿を見て、指導者と人民が一体となった社会とはまさにこのような社会なのだということを強く実感することができたと述べました。
 朝鮮では人民と指導者がひとつの家族のように固く団結し、赤い大家庭のようになった社会が現実化しているといえます。領袖は政治的な統一と団結の中心です。
 キムジョンウン同志が、新しい指導者となって、まだ1か月もたたないのに総書記存命中と何一つ変わらず前進する朝鮮の体制は磐石であり、未来は明るく輝いています。
 事務局長は、キムイルソン主席とキムジョンイル総書記は、キムジョンウン同志のなかに生きており、朝鮮人民、世界人民のなかに生きているとしめくくりました。
 セミナーでは、報告にもとづいて会場から発言がおこなわれました。
 琉球大学名誉教授の渡久山章氏が米軍兵士の犯罪によって犠牲になった6才の少女(「由美子ちゃん事件」)の詩を紹介し、ワールドカップ・アジア地区予選の報道など朝鮮に関する情報が偏見に満ちているなかで、朝鮮が新しい指導者を中心にしてすすんでいる様子を知ることができて有意義な集まりであったと述べました。
 社会民主党沖縄県連合会副委員長の狩俣信子氏は、朝鮮女性と連帯する日本婦人連絡会代表の清水澄子氏を団長として訪朝した際、信川博物館を参観して朝鮮戦争でアメリカがいかにひどいことをしたのかをはじめて知ることができた、平和に向けて頑張りたいと述べました。
 最後に花輪不二男事務局長が、閉会のあいさつをしてセミナーは成功裏に終了しました。

キムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティーが盛大に開かれる                                                     同日、沖縄ダイワロイネットホテルにおいてキムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティーが、チュチェ思想国際研究所と沖縄チュチェ思想研究連絡会の共催で開かれました。
 パーティーは、沖縄大学名誉教授の仲村芳信氏と静岡チュチェ思想研究会の林容子氏の司会ですすめられました。
 はじめに佐久川政一名誉教授が、本日のキムジョンウン最高司令官生誕祝賀パーティーは世界に先駆けて開催された歴史的意義のある集まりであると述べ、全国各地から参加したチュチェ思想研究者と地元沖縄の各界人士に感謝の意を表しました。
 沖縄大学の高良有政名誉教授が、乾杯の音頭をとり、全員で乾杯がおこなわれました。
 パーティーには、参議院議員の山内徳信氏からつぎのようなメッセージが寄せられました。
 「苦難のたたかいのなかから生まれたのが『チュチェ思想』であり沖縄の『命どぅ宝』の思想も同じ生きる哲学だと思います。…
 キムイルソン主席生誕100周年を迎える今年、朝鮮の若き指導者キムジョンウン氏のもとで21世紀に輝く国づくりが展開されますことを心から祈念申し上げます」
 つづいて元沖縄県中部地区労委員長の有銘政夫氏が朝鮮統一のための運動を協力してすすめていきましょうとあいさつしました。
 沖縄社会大衆党顧問の島袋宗康氏は、朝鮮ではすばらしい指導者が登場している、南北朝鮮の統一のために力を合わせて頑張りましょうと述べました。
 元沖縄県教職員組合委員長の石川元平氏は、キムジョンウン最高司令官の生誕祝賀の集まりに参加できてうれしい、1970年代に初めて訪朝したときに地上の楽園を見た思いがした、日朝友好運動をおしすすめアメリカを追い出しましょうと力強くあいさつしました。
 パーティーではつぎに、芸能が披露されました。
                                                   120115_07.jpg120115_08.jpg
 最初に、沖縄の八重山で祝宴の座開きとして歌い踊られる舞踊「赤馬節」を八重山伝統舞踊勤王流トキの会師範の田島美智子氏が演じました。
 つぎに、アイヌ民族の誇りを示す伝統舞踊「エムシリムセ(剣の舞)」を成田得平氏が演じました。
 最後に、人々の自主性を実現するためのチュチェの道を心を一つにしてすすんでいくことを形象した日本舞踊を舞踊家の大竹君江氏らが演じました。
 参加者は、朝鮮がキムジョンウン同志を新しい指導者として一体となってチュチェ革命偉業の継承完遂のために前進していることに確信を深め、キムイルソン主席生誕100周年、キムジョンイル総書記生誕70周年を意義深く迎えていくために、各地区でいっそう積極的に活動していく決意を新たにしました。

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Copyright 金日成・金正日主義研究会. Allrights reserved.
                ソース⇒ 朝鮮民主主義人民共和国を正しく知るために     http://dprkj.v.wol.ne.jp/120115.htm
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Jimmu Era 2670.04.15

メンソーレ、青い海と左翼が集う島沖縄へ

今日は沖縄の有害物件をご紹介します。

まず最初にご紹介するのは革マル派のアジトです。

 

エントリー№1

解放社 沖縄支社(革マル派アジト)

沖縄県宜野湾市新城2丁目37番14号 沖縄合同企画ビルIMG_5086.jpg   

画像 940    

画像 961

 

エントリー№2

前進社 沖縄支局(中核派アジト)

沖縄県那覇市楚辺1-12-25沖縄文化社画像 679 

画像 923             画像 913画像 960

 

逕サ蜒・1072_convert_20100605145836   
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革共同・革マル派公式HP

中核派HP


左翼


その他の有害物件
左から 沖縄タイムス/琉球新報/琉球朝日放送・琉球放送
画像 949

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Jimmu Era 2670.04.09 

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現職の参議院議員であり民主党沖縄県連代表でもある喜納昌吉氏が元赤軍派議長の生前葬に参加するらしい。 c0182726_21504577.jpg


 


 


週刊新潮 (4月1日号)より

● 生前葬の元赤軍派議長「塩見孝也」はゲバ棒と白装束

訃報です。「よど号」ハイジャック事件に連座して約20年の獄中生活を送った元赤軍派議長・塩見孝也氏が、平成22年4月24日午後6時過ぎ、東京神田の総評会館で亡くなりました。
享年68…と言ってもコレ、「生前葬」の話しである。

この「革命家」が東京・清瀬市の「駐車場管理員」になっていたと本誌が報じたのは、一昨年4月のこと。それが今度は「生前葬」とは、どんな風の吹き回しか?

塩見氏本人が説明する。
「元赤軍派議長の肩書きを長年背負ってきたが、今は時給950円の駐車場管理員。そろそろ脱却してもいいかと思っていたのです」
(略)

発起人に当たる「葬儀委員」は、新右翼『一水会』最高顧問・鈴木邦男、ミュージシャンで参議院議員の喜納昌吉、社会学者・宮台真司、政治家らの相談相手として知られる鹿児島の池口恵観師ほか多士済々だ。

「『よど号』の人質だった日野原重明・聖路加国際病院名誉院長葬儀委員長になってもらおうと交渉したが、クリスチャンなので仏教的な生前葬には出られない、と断られた」(同)

日野原先生が敬遠するのも無理はない。実は、この会には別の、もっとナマ臭い側面があるからだ。

塩見氏が所属する「9条改憲阻止の会」は現在、普天間問題をめぐって “沖縄県人1000人上京・鳩山首相直訴” なる作戦を計画中だが、「生前葬には、その旅費や宿泊費を“香典”という形でカンパしてもらう目的がある。最低でも500人位の弔問客に来てもらい、300万円以上は集めたいと思っている。言うまでもなく、俺の懐には一銭も入りませんよ」(同)

今回の仕掛け人であるパルシステム(旧・首都圏コープ事業連合)元理事長・下山保氏も、こう言うのだ。「私も消費者運動を30年やってきたが、もはや70代。安保を闘った他の連中も同様の年齢で、デモをする体力もないし、活動資金もない。だから、せめて次世代に金を残すように遺言状を書いてもらっている。香典も資金集めの一案です。いま死ねばかなりの額が集まるが、10年後にはみんなあの世で香典は集まらない。で、今のうちに先取りしておこう、となった。塩見はその実験台ですね」
(引用終わり)

 


画像 944 

  
  

赤軍派といえば、後に日本赤軍、連合赤軍と変遷を遂げた極左テロ組織である。
主な事件を上げると

 

赤軍
●「大菩薩峠事件」
●「よど号ハイジャック事件」

日本赤軍
●「ハーグ事件」
●「テルアビブ空港乱射事件」…自動小銃と手榴弾を使い民間人26名を無差別に殺害、73名が重軽傷。

連合赤軍
●「山岳ベース事件」…総括と称して仲間のメンバー12名を残虐な殺し方で殺害。
●「あさま山荘事件」…警官2名、民間人1名を射殺。 

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  以上のような凶悪極まりない事件を起こしたテロ組織である。

この組織の元議長である塩見氏の生前葬の発起人として喜納昌吉参議院議員が名を連ねているのである。

赤軍派を知らない世代に分かり易く例えれば、オウム真理教の麻原彰晃の葬式に発起人として名を連ねているのに等しいと言えば良いだろうか。

表向きは発起人の中の一人という形ではあるが、目的が「沖縄県人1000人上京・鳩山首相直訴」という政治活動の為の資金集めという事であるから喜納昌吉氏が主導的な立場にあるのは容易に想像できる。 現民主党参議院議員と元過激派のトップが手を組んで活動資金を集めるという事だ。

またしても革新系の政治家と過激派の協力関係を目の当たりに見せて貰う事になった。



●福島瑞穂(社民党党首)

中核派がイニシアチブを取っていると警察庁に指摘をされている「百万人署名運動」では、呼びかけ人を務めている。
中核派と同じセクトの逮捕者の弁護活動をしたことや同派が関連する集会に出席したことに絡めて、福島は「中核派シンパ」だと「公安関係者」がコメントしたという記事が週刊新潮に掲載されたことがある。(Wikipedia)


●辻元清美(社民党議員・ピースボート設立者)


■百万人署名運動(中核派の関与が指摘されている)では、福島瑞穂・海渡雄一夫妻、保坂展人、中川智子らとともに呼びかけ人として名前を連ねている。(Wikipedia)

■辻元清美の内縁の夫である北川明は、 昭和50年、スウェーデンから強制送還され、 旅券法違反で逮捕された日本赤軍のヨーロッパ担当兵。西ドイツの日本人商社員誘拐・身代金奪取作戦に参加予定だったのが未遂に終わり、公安調査庁がずっと動向を調査してきた要注意危険人物。

 辻元の選挙区は大阪10区(高槻・島本)、氏の地盤の高槻市はあの赤軍の重信房子が潜伏、逮捕された場所であり、周辺に日本赤軍の関係者・支援者が多い土地である。

 重信房子支援者が勤務していた高槻市の光愛病院の創設者は、日本赤軍の前身である共産主義同盟(ブンド)赤軍派の元メンバー。 光愛病院は、日本赤軍支援グループの拠点、巣窟だった。

 辻元の選対本部には、元過激派のメンバーが現在でも多数所属。 (辻本は早大在学中に極左団体と関係していた。) 余談であるが辻元は学生時代、金に困ると新宿紀伊国屋書店で豪華本を何度となく万引きし、古書店に売りさばいていた。

 また早稲田時代、夏目漱石の著作権が切れているのを逆手にとって岩波の全集あたりを底本にして「ザ・漱石」なる粗悪本を印刷し大量に売りさばいていた。出版社としての信義にもとる卑劣な行為と言わざるを得ない。

 また辻元の内縁の夫、北川が経営する「第三書館」という出版社は、マリファナや殺人、テロに関する詳しい書籍など、著しく極左的・反体制的・反社会的な著作を多数出版。辻元の著作5点も「第三書館」から刊行。

 また、辻元が主催していた頃の「ピースボート」船上では当局の目が届かないのをいい事に参加者間(漫画家の石●啓や京大出身の某助教授ら)で公然とマリファナが吸引されていた。「ピースボート」は日本赤軍が国際的に作ろうとしている支援組織「ADEF  (反戦民主戦線)」の表側の 組織。北川は日本赤軍が移動する際、ピースボートに紛れ込んでいた。


|04/09| 未分類コメント(0)TB(0)
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